2016年6月20日月曜日

Today's Report [Art] 「ヨーロッパ文化の源流を時系列で明示する、日本初の本格的古代ギリシャ展」東京国立博物館特別展『古代ギリシャ』



「クラシック時代」のアルテミス像(手前)とパルテノン神殿の浮彫復元(背後)。撮影:松島まり乃


芸術文化、学問、そして社会の在り方等幅広い分野においてその後のヨーロッパに大きな影響を与えた古代ギリシャ。その「初の」本格的展覧会が明日、東京国立博物館で開幕する。

紀元前2800~2300年ごろ、初期キュクラデス文明のスぺドス型女性像(大理石)は、現代アート風(?)のシェイプが興味深い。撮影:松島まり乃
彫像、壺、金製品等、ギリシャ各地から集めたという300点 あまりの品々は、ミノス文明、ミュケナイ文明…と時代ごとに展示され、観覧者は順路に沿って歩くだけで、紀元前数千年以降の壮大な旅を楽しむことができる。

ミノス文明の漁夫のフレスコ画。テラ島で出土したフレスコ画は、紀元前17世紀末の火山噴火で分厚い火山灰層の下に埋もれてしまったため、保存状態が良いという。まるで昨日描かれたような鮮やかさが目を奪う。撮影:松島まり乃
ギリシャ文明というととかくギリシャ神のリアルな彫像にイメージが限定されがちだが、太古の出土品は日本の埴輪にも通じる、素朴で抽象味を帯びた造形。またその後のミノス文明のフレスコ画は、紀元前17世紀のものであるにもかかわらず、火山灰に埋まっていたため保存状態がいいということで、まるで昨日描かれたような鮮やかさに驚かされる。

その後のヨーロッパ文化に大きな影響を与えたギリシャ演劇の仮面。右は「新喜劇用 繊細な若者」とのこと。キャラクターが類型化されていた点で、日本の能にも共通するものが見て取れる。撮影:松島まり乃
神殿の装飾を模し たアーチが来場者を出迎えたり、スポーツのコーナーでは古代競技の様子を再現した映像を映し出すなど、「体感型」展示にも配慮。子供の自由研究素材として もぴったりだが、全ての時代を通して見受けられるギリシャ文明の人間へのこだわり、いわば「人間主義」がありありと浮かび上がる本展は、人間よりも技術や物質が優先される現代に示唆を投げかけるものでもあり、全ての人にお勧めできる。


オリンピック・イヤーということで「古代オリンピック」のコーナーも。当時の競技を再現した映像も。撮影:松島まり乃
なお、本展の音声ガイド(貸出料金520円)には舞台や映像で活躍する俳優・市村正親が出演。単調になりがちな作品解説を豊かな表現力で膨らませ、聞かせてくれる。特にオデュッセイアが「葡萄酒色」の海に旅立つ様を、思い入れたっぷりに物語るボーナストラック33番は必聴だ。まずはこちらを聴いて古代ギリシャのロマンに浸ってから、展示に足を踏み入れてはいかがだろう。


ミュージアム・ショップではかなりの数の展覧会グッズが展開。ダジャレ入浴剤(?)はベストセラー成るか⁈ 撮影:松島まり乃
古代ギリシャ展20166月21日~919日=東京国立博物館

2016年6月17日金曜日

Today's Report [Hotel] 子連れに[も]優しい、英国の美しい宿vol.5 「英国の“伝統の甘味”が体験できるThree Ways House Hotel」


Three Ways House Hotel外観。はちみつ色の典型的なコッツウォルズ・ストーンで建てられている。(C)Marino Matsushima

英国随一の田園地帯コッツウォルズ北部に位置し、シェイクスピアの故郷ストラットフォード・アポン・エイヴォンからは車で10分の距離にある小さな村、ミクルトン。いくつかの小さなショップを除けば、あとは築100年以上のお屋敷ばかりの閑静な村の一角に、Three Ways Houseはある。コッツウォルズ名物のはちみつ色の石(コッツウォルド・ストーン)の屋敷は一見、こぢんまりとして見えるが、中に入ってみると左に右に、ちょっとした迷路のような作り。実は客室48室というから、立派な中型ホテルと言える。
ホテル内に7室あるプディング・ルームの一つ、チョコレートの間。ベッドはチョコレート・ボックスを模した作り。バスルームにはチョコレート素材のシャンプー・コンディショナーが置かれている徹底ぶり。(C)Marino Matsushima
オーナーのジルとサイモン夫妻が1995年に開業したこのホテルは、コッツウォルズ有数の観光地の一つヒドコート・マナー・ガーデンから最も近いホテル(徒歩20分、車で5分)…でもあるが、一般的にはそれより「The Pudding Club(プディング・クラブ)の本拠地として有名だ。ホテルの開業より10年早い1985年、ジルたちミクルトン村の甘党たちが「英国の伝統デザート、プディング(蒸しケーキ。代表的なレシピはこちら)の味を守っていこう」との目的でクラブを創設。毎週金曜の夜に集まり、7つのプディングをたいらげ、人気投票を行っている。筆者はだいぶ以前にこのホテルでプディングを取材し、その“激甘”加減に驚いた記憶があるが、今回久々にこのホテルを訪れてみた。
手描きの絵柄が美しいサマー・プディングの間。(C)Marino Matsushima
前回はプディングだけの取材だったので客室まで見る機会は無かったが、今回は子連れで宿泊。受付からその迷路のような廊下を通り過ぎ、ホテルに7つあるというプディングをテーマにした客室の一つ、「Summer Pudding」に通された。ペール・ブルーにストロベリーやラズベリーなど、様々なベリーや小鳥、部屋のテーマでもあるサマー・プディングのレシピが手描きされた壁・天井が可愛らしく、乙女心を大いに刺激。鏡台にはハーブティーも含めて様々なティーバッグ、ネスプレッソも用意されていて、この部屋専用の小さなパティオでティータイムが楽しめる。
ホテル内バーの手書きのメニュー。(C)Marino Matsushima
この日はコース料理を食べるほど空腹ではなかったので、子連れでも気軽に入れる併設のバーに行ってみた。サンドイッチを注文すると、大皿でサラダとともにきれいに盛り付けられ、付け合わせのチップス(フライド・ポテト)は別のボウルに山盛りになって出てくる。地元の素材を出来るだけ使っているとのことで、味はフレッシュで美味だが、食べきれる量ではなく、残りは持ち帰り用に包んでもらった。
プディングの盛り合わせ。これで一人分だが、2,3人で取り分けてもいいかもしれない。(C)Marino Matsushima
しかしここに来てプディングを食べない法はない、ということで一皿、盛り合わせを頼むと、大きな皿にプディングが3切れ。おやつ大好きの子供の目がきらりと光り、どろっとした別添えのクリームをかけていただく。「おいしい~」と一口目は言うものの、珍しく「ママも食べる?」と勧めるわが子。子供にとっても一口で十分満足してしまう甘さだったようだ。もっちりとした食感自体は日本人にも何ら違和感はなく、翌日、オーナーのジルさんに聞いたところ、噂を聞きつけて食べにくる日本人も少なくないのだという。最近はパブなどでも普通のフランス風デザートをだす店が多い中、“伝統の味”を堪能できるこのホテルは貴重な存在だ。
ミクルトンの聖ローレンス教会。夕食後も夏の英国は散歩が楽しめる明るさ。(C)Marino Matsushima
夏の英国は日が長く、プディングを食べてもまだ外は明るい。腹ごなしに周辺を歩いてみると、はちみつ色の屋敷が連なる通りに一軒、不動産屋の「売り出し中」の看板が立っていた。築150年は超えているだろう邸宅はしばらく誰も住んでいなかったのか、アンティークな趣というより廃墟寸前の隠微な空気が漂っている。この次、ここを通りかかったらどんな空気に変わっているだろうか。
客室ドアにも遊び心が。(C)Marino Matsushima
宿に帰り、ラウンジで一息つく。ここには本やボードゲームなども無造作に置かれていて、ちょっと親戚の家に遊びに来たような雰囲気。スクラブル・ゲームに挑戦し、部屋に戻る。カモミール・ティーを飲んでぐっすりと睡眠。
自分好みのイングリッシュ・ブレックファーストが作れるセルフサービス式の朝食。(C)Marino Matsushima
翌朝、レストランに赴くと、シリアルや果物のみならず、ホットミールもセルフサービス。ソーセージ、ベーコン、ハッシュドポテト等を、自分好みの按配でイングリッシュ・ブレックファーストをいただけるという。それぞれにいい味で、丁寧に作られていることがわかる。子供は思わず「こんなにおいしい朝ごはん、たべたことなーい」と歓声をあげている。食後にヨーグルトを選んでいると、スタッフの若いお兄さんが「いちご味が一番だよ」と声をかけてくる。こういう気さくさ、親密さがカントリー・ホテルの良さだ。
盛り付け後のイングリッシュ・ブレックファースト。(C)Marino Matsushima
食後にオーナーのジルさんの案内で庭を歩く。樹木の若い果実をしきりにもぎたがり、「Don’t pick up? Why?」と尋ねる娘に、「It’s too sour.」とすっぱそうな顔を作り、優しく諭すジルさん。なんでもまもなく彼女のお嬢さんが結婚式を挙げることになっており、ちょうどお嬢さんが娘ぐらいの年の頃を思い出していたところだったのだという。ブティックホテルの中には、子連れ客を歓迎しない宿もあるが、ここではそういった心配は無い。「他のお客様たちのご理解がありますから」とジルさんは言うが、それは彼女自身のゆったり、穏やかな人柄によるところも大きそうだ。チェックアウト前に曇天の中もう一度村を散策、パブと保育園、小学校の存在を確認し、静かなミクルトン村を後にした。
ホテルのオーナー、ジルさん。気さくで優しい彼女のオーラがそのままホテルの心地よさに反映されている。(C)Marino Matsushima