2016年5月7日土曜日

Theatre Essay 観劇雑感「初夏に相応しい、爽やかな人情時代劇」『御宿かわせみ』(2016.5.3明治座)

『御宿かわせみ』写真提供:明治座



平岩弓枝の時代小説『御宿かわせみ』の舞台版が3日、明治座で開幕した。大川端の旅籠「かわせみ」を舞台に、武家の次男坊・東吾と宿の女主人・るいの恋模様と、彼らが遭遇する数々の事件簿を掛け合わせた内容が人気となり、これまで何度も映像や舞台で取り上げられてきた作品だ。198083年のNHKドラマ版(真野響子・小野寺昭主演)ではしっとりとした風情が視聴者を魅了したが、200305年までのNHKドラマ版でコンビを組んだ中村橋之助、高島礼子が主演する今回の舞台では、小劇場出身で、近年ミュージカルでも活躍する演出家G2が脚本・演出を手掛け、小劇場からAKB48まで、様々なバックグラウンドを持つ俳優たちが共演。原作の上品な味わいはそのままに、カラフルで躍動感のある舞台に仕上がっている。
『御宿かわせみ』写真提供:明治座


G2によれば今回、長大な原作を舞台化するにあたっては、シリーズの中でも特に人気の5エピソードを抽出。身分違いのためになかなか一緒になれない東吾・るいの恋物語にそれら5本のエピソードを織り込み、1本の台本に編み上げたという。盛りだくさんの内容ゆえ、見ている側は時折今の固有名詞は、どの事件のものだったかな…”と迷ったりもするが、次々に何事かが起こるのは“旅籠”という場所に似つかわしく、飽きさせない。人情時代劇らしくクライマックスには母子の情愛エピソードで観客の涙を誘い、幕切れには東吾とるいの将来をポジティブに匂わせることで、爽やかな余韻漂う構成となっている。過去の出来事が言及されるたびに「かわせみ」一階の奥の間でその情景が再現される演出も、幅広い客層を対象とする商業演劇としてはわかりやすく、効果的だ。
『御宿かわせみ』写真提供:明治座


そうした演出上の工夫のいっぽうで、多彩なキャストはそれぞれに安定感と茶目っ気溢れる演技を披露。特に花道から傘をかざし登場する冒頭、一瞬にして主人公 の風格を醸し出す橋之助が流石だ。恋人るいの前では溌剌とした動きを見せ、“やんちゃな次男坊”が甘えている風情。役者として、所作にしても台詞回しにしても引き出しが豊かであることの強みを感じさせる。るい役・高島礼子はもともとの清潔な持ち味に加え、今回は子供たちとの絡みで情味をプラスし、共感を呼ぶ。
『御宿かわせみ』写真提供:明治座

二枚目の青年医師にユーモアも滲ませる柳下大、恋に一途な武家の娘をきりりと演じる朝海ひかる、誠実そのものの同心・畝源三郎役、高橋和也らも適役だが、強烈なインパクトを残すのが東吾の兄で南町奉行与力・神林通之進を演じる西村雅彦。かつて小劇場で活躍し、コミカルな演技に定評のある彼だが、今回は通常、ベテラン俳優が風格を漂わせて演じるタイプの役とあってか、現代劇での発声とは明らかに異なる義太夫風の声を作りこみ、“やりすぎ”すれすれ?というほどのデフォルメを効かせながら発声。思わずプログラムで配役を再確認してしまうほどの“別人”ぶ りで、予定調和になりがちな商業演劇公演に新鮮な風を吹かせている。
初日の公演終了後、募金呼びかけの後での囲み取材。(C)Marino Matsushima
初日のこの日は終演後、メインキャストがロビーに立って熊本大地震への募金を呼び掛け。全員との握手会の様相を呈していて、気さくな高島、エレガントな紺野美沙子(通之進の妻役)など役柄をそのままスライドさせたようなたたずまいが興味深かったが、終了後に橋之助、高島はそれぞれ「友人の子も被災していて胸が痛い。何かできることがあればと思うが、今日は(募金に応じた人々から)優しさをもらった。それを糧に明日から私たちも精進したい」「こういう時に役者は何もできないと感じるが、“明日は我が身”と思い、できるだけお力になりたい」とコメント。こうした活動がごく自然な流れに見える点でも、人情時代劇らしさ溢れる公演となっている。