2016年11月30日水曜日

Today's Report[Travel]‟手軽に楽しめる”英国旅行をアピールするロンドンバスが東京に登場



六本木の東京ミッドタウン前に出現したダブル・デッカー(C)Marino Matsushima

英国がEU離脱決議をして以来、劇的にポンド安が進み、海外から英国を目指す観光客にとっては、かなり“お得”な状況が生まれている。この機会に英国観光をさらにアピールしようと、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)が世界的なキャンペーン「London for less」(お手頃ロンドン)を展開。日本では1130日、六本木から原宿、渋谷を繋ぐ2階建てのロンドンバス(ダブルデッカー)が登場、乗り込んだ人々をもてなした。
車内は英国国旗とバルーンで装飾。否が応でもパーティー気分に。(C)Marino Matsushima
14時の第一便前にさきがけて運行されたマスコミ便に招かれたのは、15人ほどのジャーナリスト。小ぶりの(そしておそらく年季の入った)ダブルデッカーの1階部分に乗り込むと、13時過ぎ、六本木ミッドタウン前を出発した。まずは二名の英国人パイロットがマイクを握り、通常はボーイング787を操縦しているが、今日はこの特別な「007便」で皆さんを安全で楽しい旅にいざないますよ、と挨拶。そして(飛行が安定するのを待って始まる空の旅の機内サービスよろしく)5分ほど間をおいて、2階から現れた女性キャビン・アテンダント2名がミネラル・ウォーターとCadburyのチョコ、そして英国旗を配布した。

英国トリビアが身につく?!クイズ大会(C)Marino Matsushima
二人の手慣れたサービスによって、早くも感覚は‟機上の人“。そうこうしているうちに早速、パイロットのフレンドリーなMCでプレゼント大会が始まった。まずはJo Maloneの高級キャンドルの(日本円換算での)価格当てクイズ。一番値段が近い人にプレゼントする、ということで、5000円、8000円…と取材陣はめいめい推測するが、なかなか近い数字が出てこない。ついには正解が発表され、「この数字を一番早くリピートでいえた人が勝ち!」という、反射神経ゲームとなって当選者が決まった。

次は機内販売されている香水セットを懸けた「エリザベス女王なりきり」。女王のお手振りが完璧に出来た人に差し上げます、というのだが、「わからないよ~」と苦笑の声が。そこでクルーたちが揃って実演。手のひらを常に見せる日本のそれとはちょっと異なり、顔の横に刀のように持ち上げ、そこで微妙に手首を返すように動かすのだそうだ。そのほか、英国を代表するフード・ショップ「Fortnum & Mason」のお菓子やビーフィーターが描かれたお菓子缶が、「ロンドン塔のビーフィーターは現地の逸話をとても面白く話してくれますよ」など、旅心をくすぐるコメントともにプレセント。英国気分が高まったところで、このイベントのためにロス・アンジェルスから飛んできたというポップスター、ジェシー・Jが(待機していた2階席から1階へと)登場した。

バス後方の2階から通じる階段で登場したジェシー・J(左)。
日本にはずいぶん以前、GUCCIのイベントで来日したきりだったので、今回、また来日がかなって嬉しいというジェシー・J。「ロンドンの魅力とは?」の問いに、「私はロンドン育ちで、自然史博物館のようなミュージアムにも、リージェント・ストリートやオックスフォード・ストリートのようなショッピング街にも、レストランにも歩いていけるのがとても気に入っている」と回答。確かに歩けないことはないけれど…このゾーンを歩けるとなると、この方、かなりの健脚なのでしょう。

この後、後方から登場したギタリストの伴奏で、持ち歌を2曲披露。揺れるバスのエンジン庫の上にぺたりと座り、彼女が発する声のなんと自由に伸び、気持ちのいいことか。録音後の“調整”でいくらでも音程が修正される歌手が少なくない中で、Jessie Jは“全身が音楽”。BAによる“本物志向”の人選は適格と言える。

ミニ・ライブの後は、ファーストクラスのパジャマやアメニティキットを懸けた英国並びにBAトリビア・クイズ。日本への就航はいつ?日本にとんでいる飛行機の種類は?英国の人口は?英国便のフライト時間は?などが問われた。

全員に配られた英国国旗と、筆者がBAトリビアクイズでいただいた、アロマセラピー・アソシエイツのアメニティが揃うブリティッシュ・エアウェイズ ファーストクラスのアメニティ・キット
そしてもうすぐ終点、というところで「本日のベスト・プライズ」。なんとさきほどのジェシー・Jの曲をカラオケで最もうまく歌えた人に、ロンドン便航空チケットをプレゼントする、という。「日本はカラオケの国ですからね、歌えないということはないでしょう?」とMCは言うが、ジェシー・Jというのはちょっとハードルが高いのでは? 案の定、立候補する声は挙がらず、「じゃあ、僕らがお手本を…」とクルーがマイクを握ろうとすると、おずおずと立候補が2名。曲を聴きながら、サビの部分だけ声を出し、クルーたちも唱和してバックアップ。拍手の大きさで勝者が決まった。

束の間ながら、英国気分がたっぷりと味わえた小一時間。車窓からは道行く人々(場所柄、若い世代が多い)からの視線が、車体に対するものであるにもかかわらず、乗客の自分にも刺さるほど感じられた。その表情には、「イギリス?いつか行ってみたいなあ」というより、どちらかと言えば「ロンドン・バス、懐かしい!また行ってみたいな」といった親しみが浮かんでいる。東京のこのエリアはきっと、旅好きが集まる地区なのだろう。

2016年11月20日日曜日

Theatre Essay 観劇雑感 コミカルなサスペンスの向こうに現れる、温かくも切ないファンタジー『扉の向こう側』(2016.11東京芸術劇場プレイハウス)

『扉の向こう側』撮影:岸隆子
ロンドンの五つ星ホテルに呼ばれた娼婦のフィービー(壮一帆)。彼女は年老いた顧客リース(吉原光夫)が書いた告白録を読み、彼の共同経営者ジュリアン(岸祐二)に命を狙われ、夢中で開けたドアから時空を飛び越えてしまう。
『扉の向こう側』撮影:岸隆子
そこで出会ったのは、かつてジュリアンに殺されたリースの第二の妻ルエラ(一路真輝)。状況を理解した彼女は、やはり以前抹殺されたリースの第一の妻ジェシカ(紺野まひる)に危険を告げ、警備員のハロルド(泉見洋平)も巻き込んでフィービーと難を逃れようとするのだが…。
『扉の向こう側』撮影:岸隆子
アラン・エイクボーンが90年代に発表し、日本でも何度か上演されている『Communicating Doors』が、板垣恭一の演出で登場。英国の“ドタバタ喜劇”の味わいをふんだんに盛り込んだサスペンス劇として、壮一帆が端正な容姿から思い切りのいい演技を繰り出し、大いに笑わせるが、 戯曲はそれに終始せず、英国社会を痛烈に風刺したヒューマンドラマに帰結する。現実的には、依然階級社会が厳然たる英国では、本作のような“素敵な出来事”は起こらないだけに、このラストは現地ではほとんど“ファンタジー”として受け止められるだろうが、それでも“来るべき未来のために、人は現在を精一杯、そしてより善く生きなければならない”というメッセージは観る者の国籍を問わず、普遍的に響いてくる。今回は後半のキーパーソンである一路真輝の、この数分間の演技に人間愛が溢れ、美しい幕切れを導き出した。また岸祐二のジュリアン役に、“悪役”としての怖さとともにリースに対する同性愛的な情が漂い、魅力的だ。
『扉の向こう側』撮影:岸隆子
それにしてもミュージカル俳優、宝塚の元スターたちが揃った今回、台詞のみというのは何とも残念…と、おそらくはすべての観客が思うところだろうが、アンコールには“しっかりと”(?!)、歌のプレゼントが。一曲の中に5人の声が重なるパート、それぞれの歌声を聴かせるパートと変化にとんだテーマ曲(音楽・松崎裕佳)で、観客は彼らの歌声の温かな余韻の中で、家路につくことが出来るだろう。

2016年10月8日土曜日

Today's Report [Art] 二人の画家の絆を辿る、ストーリー性豊かな展覧会「ゴッホとゴーギャン展」(東京都美術館)プレスプレビュー



ゴッホとゴーギャン展』10月8日~12月18日=東京都美術館、17年1月3日~3月20日=愛知県美術館
 (C)Marino Matsushima
上野の森美術館でスタートした「デトロイト美術館展」でも“目玉”の一つとなっているゴッホ。同じ上野公園内の東京都美術館で、一日遅れてスタートする「ゴッホとゴーギャン展」では、彼と6歳年下の友人、ゴーギャンが主人公だ。全く異なる環境で育ちながら互いに画家として認め合い、2か月ほどの共同生活後も終生、文通を続けた二人。彼らの友情が、文字ではなく彼ら自身の絵画作品によって物語られる展覧会となっている。

1853年、オランダの牧師の家庭に育ったゴッホは27歳で画家となり、6年後の第8回印象派展で初めてゴーギャンの作品を見たと言われる。彼の作品に詩情を見出したゴッホは翌年、ロートレックらと開いた展覧会で実際にゴーギャンと会い、さっそく作品を交換。その翌年、画家たちの共同体を作るべくアルルに移住し、ゴーギャンを迎える。しかし気質も絵画の方向性もあまりにも異なる二人はたちまち衝突、わずか2か月で共同生活は破綻。ゴッホは精神を病み、左の耳を切り落としてしまう。

ゴーギャンはアルルを去るが、二人は文通の中で芸術論を交わし続けた。しかし2年後にゴッホは自らの頭をピストルで撃ち、死去。ゴーギャンは南国に移住し1903年、53歳で病没したという。

ゴッホ晩年の作品より、ゴーギャンが自身の作品との交換を申し込んだほど気に入っていたという『渓谷(レ・ペイルレ)』1889年12月、油彩、カンヴァス、クレラー=ミュラー美術館、ミレーの版画を油彩で模写した『種まく人(ミレーによる)』1890年1月、油彩、カンヴァス、クレラー=ミュラー美術館
(C)Marino Matsushima
展示は二人の創作と交流の軌跡を5章に分け、紹介。それぞれの静物画を並べ、同じようなモチーフでもゴッホは現実を、ゴーギャンはイマジネーションを重視して描き、視点も画風も全く異なっていることを際立たせるなど、分かりやすい展示となっている。またアナウンサーの解説にファン・ゴッホ(小野大輔)、ゴーギャン(杉田智和)のモノローグが加わった音声ガイドは臨場感たっぷりで、まるで彼らとともに場内を巡っているかのような気分に。

これだけ画風が異なれば、別々の道を歩むのは必然だっただろうと思われるも、最も根本的な絵画に対する真剣さにおいては、互いに認め合っていた二人。その絆は、展覧会の最後に掲げられた、ゴーギャンによる一枚の絵に集約されている。自分に見立てた“ある物”が、ゴッホに見立てた“ある物”を抱く姿。この象徴の意味を知った時、鑑賞者は二人の友情、そしてこの作品で締めくくられた本展の構成に胸打たれずにはいられないだろう。



ミュージアムショップでは関連グッズが各種販売。こちらの「龍角散ポーチ(飴2個付き)1458円」や一心堂本舗の「ゴッホフェイスパック540円」(←パックをしている間はゴッホの顔になれる)等のユーモア商品(?)も。

2016年10月7日金曜日

Today's Report [Art] 危機を乗り越えた米国屈指のコレクション「デトロイト美術館展」プレス・プレビュー



 1885年に創立、ゴッホやマティスの作品をアメリカの公立美術館として初めて購入するなど、全米屈指のコレクションで知られながら、2013年には破たんした市財政救済のため、コレクション売却の危機に瀕したデトロイト美術館。その後国内外の協力により、一点も売却せずに済んだ美術館のコレクションの中から、選りすぐりの52点が来日、明日、展覧会がスタートする。

来日したのはコレクションの中核をなす作品群とのことで、「印象派」「ポスト印象派」「ドイツ近代絵画」「20世紀フランス絵画」の4室に分類。それぞれに点数を絞り、「印象派」室では伝統的な技法の作品も展示して印象派との比較をうながすなど、初心者やファミリーにも分かりやすく、見やすい展示となっている。

作品はどれも十分な間隔をもって展示されているが、特に大きなスペースを与えられているのが「ポスト印象派」内のゴッホの「自画像」。薄闇の空間にやんわりとしたスポットライトを浴びて掲げられたその像の肩には、ゴッホが筆ではなく指でなぞった跡が何本も見て取れる。(とりわけこの画家の作品の場合、実物における筆跡、“指跡”の立体感に驚かされることが多い)。先日上演されたミュージカル『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』でも主人公(橋本さとし)キャンバスを指でなぞっていたが、その実物が目の前に現れるのだ。隣には、ヴィンセントがその自死の数週間前に、パリ市民の憩いの場を、憩いからは程遠いタッチと色彩で描いた「オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて」が掲げられ、舞台で橋本が演じたヴィンセントの、苦悩を突き抜けた境地がまざまざと思いだされる。

今回の展覧会では、現地のルールを踏襲し、なんと全作品が写真撮影可能だという。(月・火曜日のみ。一部はSNS等、不特定多数への公開が禁止)。来場者にとっては思い出が手軽に記録でき、美術館としてはSNS を通じた無料の広告活動ができるといったところか。また、自らもアート好きだという鈴木京香による音声ガイドも魅力的だ。ゆったりとしたテンポで抑揚、鼻濁音も美しく聴かせ、固有名詞や専門用語もすっと頭に入ってくる。ボーナストラックとして、美術館がコレクション売却の危機を乗り越えた経緯を描いた『デトロイト美術館の奇跡』の著者、原田マハの解説も収録されている。