2013年6月8日土曜日

Today's Report [Travel] 子連れに[も]優しい、英国の美しい宿 vol.2


ケアリー・アームズ(Cary Arms, http://www.caryarms.co.uk ) エントランス
(C) Marino Matsushima
英国一の海リゾートに登場した、「気取らない」お洒落宿
 
デヴォン州南部の22マイルにわたる沿岸部は、その温暖な気候ゆえ、ヴィクトリア時代以降「イングリッシュ・リヴィエラ」と呼ばれ、英国屈指の人気リゾートとして知られている。ヴィクトリア女王は「絶壁と森に囲まれたこの海には、バレエや戯曲で描かれたニンフ(水の精)が住んでいそう」と語り、現地を代表する町トーキーに生まれたアガサ・クリスティも、エリア内の各地を舞台に推理小説を書き、その優雅なイメージに貢献してきた。そんなイングリッシュ・リヴィエラには最近徐々にお洒落なブティックホテルが建ち、新たな客層が増加。今回訪ねたケアリー・アームズ(Cary Arms) も、そんな宿の一つだという。 

バッバコムという、海沿いの小さな村の崖に張り付くように、この宿はある。短い坂道をジグザグ降りながら入って行くのだが、これがスキー場なら足がすくむような急こう配。よくまあこんなところに建てたものだと思いながら、やっとのことでエントランスに着く。ガストロ・パブ(近年英国で流行っている、伝統的なパブ料理をスタイリッシュにアレンジした店)に8つの客室を併設し、周辺に週単位貸のコテージ4軒を建てた、シンプルでこぢんまりとした作りの宿だ。 

意外にも透明度の高い、静謐な海。桟橋から見下ろすと、泳いでいる魚が
見える。浜辺は奥へと歩いてゆくにつれ、細やかな砂に変わってゆく。
(C) Marino Matsushima
海辺ならではの解放感に加え、入口がパブのそれでもあるので、気安さは満点。カウンター内側に声をかけると、看板娘(?)の気さくな女性スタッフがひょい、と笑顔を覗かせる。「駐車場の入口が狭くて、車が入れられないんですが…」というと、「鍵置いてくれれば、入れとくわよ」。2歳の娘にも「あら、おちびちゃんもいたのね、こんにちは」と自然に声をかけてくる。後に分かることだが、この気取らない「感じの良さ」は、どのスタッフにも共通していた。 

客室Admiralのテラスから眺める日の出。(C) Marino Matsushima
スペイシーなバスルームからも、海が
一望できる。(C) Marino Matsushima
客室は全室、海に面したシービュー。私たちが案内された部屋Admiralは一番奥まった位置にあり、窓の外にはごつごつした岸壁と、それとは対照的に静かな海が広がっている。早朝、黒い岩の間からぐんぐんとのぼり、海面に光を投げかける黄金色の朝日。これを見るためだけでも、泊まる価値があると思える。日の光は、寝室より広いのでは?というほど大きな浴室にも燦々と差し込み、朝のバスタイムを何か特別な、輝かしいひとときに感じさせる。

洋酒入りのウェルカム・ケーキは、濃厚だが長旅の
疲れを癒すにはほどよい甘さ。(C) Marino Matsushima
ロケーションが一番の魅力であることは宿自身心得ているようで、ボートやダイビングの手配はリクエストに応じて行っているものの、特別なアクティビティは、ここでは用意されていない。ただ、部屋の片隅に、この宿用に編集された「ウォーキングガイド」が置いてあり、周辺のウォーキングルートや代表的な見どころが丁寧に紹介されている。一色刷で文字と地図だけの地味な冊子なのだが、「…博物館の無料チケット、受付に用意しています」などお得情報も書かれていて、精読に値する。チェックイン時に部屋に置かれた子供用の玩具もそうだが、こういうさりげない、しかし気の利いたプレゼントが、このホテルらしさなのかもしれない。 

馬たちが草をはむ、ダートムア国立公園。
(C) Marino Matsushima
宿を拠点とした観光としては、子供が1時間以上歩けるなら、前述のウォーキングが楽しそうだが、車を使えばアガサ・クリスティの生地トーキーや別荘のあるグリーンウェイ、美しい港町ダートマス、大聖堂のあるエクセターなど、見どころは数多い。そんななかでチビ連れでも意外に楽しいのが、ダートムア国立公園だ。 

荒野を下りながら、かくれんぼ。
(C) Marino Matsushima
広大な荒野に古代遺跡や奇岩が点在する公園だが、なだらかな起伏があちこちにあるので、子連れハイキングにちょうどいい。アガサ・クリスティが最初の小説「スタイルズ荘の怪事件」を書いたムーアランドというホテルがあるというので見に行くと、その先の小高い丘の上にどんとそびえる奇岩があり、いかにも手招きされているよう。娘に「あそこに登ってみる?」と聞くと、途中、野性馬の群れに気がまぎれたこともあって、かなりの距離を歩きおおせた(最後はパパに肩車をしてもらっていたが)。目標だった奇岩の後ろに回ってみると、何人ものロッククライマーたちがびゅうびゅうと吹き付ける風をものともせず、本格的な装備で登っている。初めてだらけの光景にはしゃいだ娘は、下る途中ヒースの茂みを見つけては、最近、娘が気に入っている遊び「かくれんぼ」をしたがり、大人二人はその都度、娘の背丈ほどしかない茂みの後ろに、かがみこんで隠れる羽目になった。

サンルーム席でのディナー。
手前がお子様メニューの
(巨大!)ソーセージ。
(C) Marino Matsushima
宿に帰ると、休む間もなくお砂遊びに繰り出し、気が付けばディナータイム。のんびりしているようでも、時間の過ぎるのはあっという間だ。食事スペースはパブ内部、サンルームの2タイプあり、どちらからも海が見え、居心地がいい。料理は定番メニューに加え日替わりも用意していて、フレッシュで旬な食材を生かすことを心がけているらしい。パブらしい豪快さを残しつつも美しい盛り付けだが、どれを頼んでもボリュームたっぷりなので、前菜、メインのどちらかだけでもいいかもしれない。 

パブスペースでの朝食。娘はもちもちと
したパンケーキ(手前左)をいたく気に
入っていた。(C) Marino Matsushima
「お子様メニュー」というのがあったので頼んでみると、「ソーセージ」は日本のラーメン鉢よりも大きなボウルにマッシュドポテトを敷き詰め、長いソーセージが2本。「チキン」は特大のプレートにフライドポテトが山盛り、その上にナゲット風のチキンが二つ…と、シンプルこの上ない。食いしん坊の娘は夢のようなてんこ盛りを前にニコニコ顔だったが、親としては日本のお子様ランチ風に、何種類かの食材を使って欲しいという気もしなくもない。朝食のビュッフェ、ホットミールはチョイスも多く、一つ一つが申し分なかっただけに、この点は今後に期待したい。 

宿泊客専用ラウンジ。(C) Marino Matsushima
パブの奥、ゲストルームへの扉を押すと、宿泊客専用のラウンジがある。ここも海を一望できる作りで、古書やちょっとしたゲームなども置かれている。もう少し子供が大きくなったら、この空間で一緒にゲームに興じたりもできるのだろうか…。
テーブルに置かれたチェスの駒を持ち上げては「これお馬さん?こっちはなあに?」とパパに尋ねる娘を眺めていて、そんな未来をふと、夢想してしまった。

2013年6月5日水曜日

Today's Report [Travel] 子連れに[も]優しい、英国の美しい宿 vol.1


「伝統」「格式」を重んじ、子連れ客はあまり歓迎してこなかった英国の高級ホテルが近年続々と方針を転換、「ファミリーフレンドリー」を大々的に打ち出している。サマリー記事は日経トレンディネットhttp://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20130524/1049562/?top_os13&rt=nocnt

で書いたのでそちらをご参照いただきたいが、ここでは実際に子連れで体験した2軒の宿の、書ききれなかったディテールをご紹介したい。

 

続々と高級車が停まる、「ミンスター・ミル」の車寄せ(C) Marino Matsushima
コッツウォルズ、田園の美しい宿「オールド・スワン」

「オールド・スワン&ミンスター・ミル」(The Old Swan & Minster Mill http://www.oldswanandminstermill.com/ ) は、1445年創業の古い宿場宿、「オールド・スワン」に新館やスパなどを併設し、2010年に新装開業したホテル。ゲストは全員、新館のミンスター・ミルでチェックインを済ませ、新館もしくは「オールド・スワン」の客室に案内されるというシステムで、午後のチェックインタイムにもなると、ミンスター・ミルの車寄せには一目で高級車と分かる車が次々に現れる。 

枕元の「お楽しみパック」とミニ・テディベア。
2歳児でも持ちやすいサイズというのがいい.。
(C) Marino Matsushima
「オールド・スワン」に足を踏み入れると、改装されているとはいえ、デザインはリチャード3世が統治していた当時のまま。その重厚感に一瞬、「子連れで、場違いなところに来てしまったかな…」と気圧されるだけに、客室ベッドに置かれた子供用の「お楽しみパック」の存在が、ほっと心を和らげる。このお楽しみパック、各アイテムは簡単な作りでクレヨンは4色、神経衰弱ゲームはぺらぺらな紙なのだが、機能的には問題がなく、帰国後1か月経っても我が家で普通に使えている。田園の宿にマッチした「ファーム」柄というのも、心憎いチョイス。それほど経費をかけなくても気の利いたゲストサービスが出来るという、一つの例だろう。

改装時に現れたという、リチャード
3世統治時代の壁画。
(C) Marino Matsushima


子どもの平衡感覚に働きかけそうな
遊具が揃っている。写真右は、ホテルの
オーナーで、マネージャーでもある
タラ・ドゥ・サヴァリーさん
(C) Marino Matsushima
ミンスター・ミルの裏手には子供用の「遊び場」があり、図画工作系からスポーツ系まで様々なアクティビティの拠点となっているが、オールド・スワンの裏手にも、動物ふれあいコーナーやちょっとした遊具が用意されている。ここの遊具、ループを吊り下げたようなブランコと平均台がメインで、この乗りにくいブランコは子供の平衡感覚を刺激しそうだし、平均台は最近の幼児教育で「脳の発達に働きかける」と注目を集めるアイテム。子を持つ身としてはこういうディテールに、ホテルの本気度を感じる。 

敷地内にはさりげなくクロケーの用意が。背後にはホテル敷地内を通り抜ける
ウィンドラッシュ川があり、気軽に釣りが楽しめる。(C) Marino Matsushima
とはいえ、ホリデイシーズンを除けば子供ゲストは少数派。このホテルでは圧倒的多数派の大人ゲストたちにも、クロケーや屋外チェス、釣りなど魅力的な遊びを用意していて、外出なんぞせずに一日中敷地内のんびりしようかという気にも、1泊ではとうてい足りない!という気分にもさせる。そんななかで、一番人気はやはりスパでのトリートメントだそう。高級ホテルに泊まり、子供をベビーシッターに預けて夫婦でマッサージやフェイシャルを受ける…というのが、英国富裕層の基本的なホリデイ・スタイルであるらしい。 


併設スパではフランスのYonka化粧品を使用。
(C) Marino Matsushima
Old Swan でのランチ。レストラン内には
甲冑レプリカなど、重厚感溢れる
インテリアが。(C) Marino Matsushima
筆者は仕事柄、英国はじめフランス、イスラエル等様々な国でスパ・トリートメントを受けているが、正直、日本のエステティシャン以上のテクニックを持つビューティー・セラピストにはあまりお目にかかったことがない。触っている程度のマッサージだったり、反対に涙が出るほど痛かったりといった具合なのだが、ここのセラピストはなかなか、腕がいい。フェイシャルを受けたところ、それまで気になっていた皺が二日ほど完全に消えていたし、何より、いつもはどんなマッサージをするのか興味津々で寝るどころではないのに、今回は最後の15分ほどは完全に寝てしまうほどの心地よさ。肩・背中のマッサージを受けた夫も、「整体系ではなくアロマ系のマッサージとしては力が入っていて良かった」と、長時間のドライブの疲れが癒せたようだった。 

ホテルはコッツウォルズ南東部にあり、域内の主要な村、町へは最長でも1時間半ほどでドライブできる。周辺のスポットとしては、車でわずか15分ほどの距離にあるコッグス・マナーファーム(Cogges Manor Farm  http://www.cogges.org.uk/ )がお勧めだ 。領主の館を中心に、ファームやガーデンなど1800年代当時のまま(あるいは復元)を体験できるというミュージアムで、一時経営悪化からクローズされていたが、村民たちの手で数年前に再オープンしたという。 

村人たちがボランティアで運営している
コッグス・マナーファームとその庭園。
(C) Marino Matsushima

マナーハウス1階のキッチンでは、アンティ
ークプレートでボランティアの女性たちが
クッキーを焼く。(C) Marino Matsushima
マナーハウス内部では、エリアの歴史や当時の暮らしぶりを分かりやすく展示。子供たちはボランティアの女性達がクッキーを焼くキッチンで、型抜きを手伝うこともできる。(我が子は「5分たったら焼けているからそれまで他の部屋を見学していらっしゃい」と言われたが、アンティークの巨大なプレート上で焼かれるクッキーに目が釘付けだった。)また屋外ではヤギやアヒルたちへの餌付など、動物とも触れ合え、敷地の奥には遊具も続々と建設中なので、歴史に興味のある層だけでなく、家族連れにも最適。なにより、地元を愛する村民たちの運営ぶりに、「オールド・スワン」と共通する「手作り感」があるのがいい。ガイドブックにはほとんど載っていない穴場だが、「オールド・スワン」ともどもこっそり、しかし強力に、お勧めしたい。