2011年2月28日月曜日

Today's Report [Theatre] 物語をキューバに移したオペラ『カルメン』、成功の理由

20112.24 ボローニャ歌劇場「カルメン」演出、アンドレイ・ジャガルス単独インタビュー(於・ラトヴィア大使館)

アンドレイ・ジャガルス photo by Marino Matsushima

ジャガルス演出による『カルメン』 Photo by K.Miura
ボローニャ歌劇場 日本公演『カルメン』
9月10日=滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール、9月13,16、19日=東京文化会館
(追記:ドン・ホセ役にキャスティングされていたヨナス・カウフマンが手術のため降板。代わりにマルセロ・アルバレスの出演が決まった。詳細はhttp://www.bologna.jp/。)

 
 数あるオペラ演目の中でも屈指の人気を誇る「カルメン」。
 作者はフランス人(原作はメリメ、作曲はビゼー)だが設定、主人公のキャラクターともに強烈なスペイン色に彩られ、これ以外の設定演出はきわめて難しいとされている。
その「カルメン」をキューバのタバコ工場の物語に見事置き換え、世界的な話題を集めたのがこの人、ジャガルス。バルト三国の一つ、ラトヴィア国立歌劇場の総支配人にして演出家だ。
いったい、なぜ「キューバ」なのか。
91年にソ連が崩壊、ラトヴィアが独立してから、私はヨーロッパ、スカンジナビアからアメリカ大陸へと方々を旅して廻ったのですが、その中にキューバがありました。首都ハバナを訪れると、人々の貧困は一目瞭然でしたが、同時に社会主義体制下、彼らが自由への渇望を胸に秘めていることが、少し前まで同じ感情を持っていた私には痛いほど伝わってきて、非常に印象的でした。
カルメンは「自由」を求める女性です。けれど今までのオペラ演出では、それは恋愛における「自由」を指し、彼女はこの男性、あの男性と自由に恋をして身を滅ぼしていました。これは「自由」のほんの一つのレベルでしかなく、私にはあまり興味深く思えません。
しかしキューバという設定を借りれば、もしかするともっと根本的な意味での「自由」への希求をテーマとした、新たな『カルメン』が描けるのではないか…私はそう、思ったのです」
こうしてヒロインは、しがない工場勤めから脱し、自由に生きようとする勇気ある女、ドン・ホセは体制に疑問を持つことなく育った保守的な役人、闘牛士エスカミーリョは花形ボクサーへと変換。音楽的なリサーチを重ねるなかで、カルメンのテーマ曲「ハバネラ」がキューバ音楽と同じルーツを持つことも分かり、確信を持って「キューバ版カルメン」を仕上げたという。
ラトヴィアでの舞台を収録した映像を見ると、主演歌手たちの迫真の演技のみならず、彼らの「背景」になることなく生き生きとステージに立つコーラスたちの姿が印象的だ。
「私自身、もともと舞台役者で演劇畑の出身なので、舞台が「がらんどうの空間」になることが嫌なのです。たとえ端役といえど、舞台に上がっている人々にはそれぞれきっちり、リアルな人生を演じてもらっています」
 この演出は今秋、ボローニャ歌劇場の来日公演で観ることができる。出演者、スタッフともにジャガルス以外は主にイタリア人となるが、ラトヴィア・オペラ版に引けを取らぬ完成度に自信を持っているという。
「ボローニャでは既に昨年、このプロダクションを上演しましたが、イタリアに移住してきたキューバ人が10人参加しています。今回、日本の観客にはよりキューバの香りを楽しんでいただけるのではないでしょうか」
 現在、52歳。本国ではさぞや二枚目俳優として鳴らしただろう、さっそうとした長身と明瞭な発声の持ち主だ。ラトヴィア歌劇場総支配人の座に既に15年間就き、インタビューのちょっとした合間にも書類に目を通したり、スタッフからメッセージを受け取ったりと、一分一秒も無駄にせずフル回転。いっぽうでは「今後もっと海外での演出にも挑戦していきたい」とアーティスティックな意欲も見せる。
人口230万の国ラトヴィアから、ヴァイオリニストのギドン・クレーメル、歌姫エリナ・ガランチャに続く、熱い音楽家の本邦初御目見得である。

2011年2月27日日曜日

Today's Report [Art] ボストンに眠っていた江戸の極彩色

 20112.25「ボストン美術館浮世絵名品展~錦絵の黄金時代 清長、歌麿、写楽」報道内覧会(山種美術館)

(上)喜多川歌麿「忠臣蔵七段目」の完成摺と校合摺(ボストン美術館蔵)を解説する、
ボストン美術館浮世絵版画室室長セーラ・トンプソン。
(下)今回の展示中、最も色鮮やかな作品の一つ、歌川豊国「六玉川 調布の玉川」(ボストン美術館蔵)。
セーラ曰く、写楽や歌麿級の超メジャーの作品ではなかったことで
閲覧回数が少なく、保存状態が良いのだという。
photographs by Marino Matsushima Ⓒ 2011 Museum of Fine Arts, Boston. All rights reserved.
「ボストン美術館浮世絵名品展 錦絵の黄金時代―清長、歌麿、写楽」
開催中~4月17日 山種美術館(恵比寿) 4月26日~6月5日 千葉市美術館 6月24日~8月14日 仙台市博物館  

 19世紀に日本に滞在したアメリカ人のコレクションを中心に、5万点という世界最大の浮世絵収蔵数を誇るボストン美術館。作品保存の観点から、現地でさえほとんど公開されることのなかった名作の数々が、数回に分けて「里帰り」することになった。今回はその第二弾である。
 2008年の第一弾では、江戸から明治にかけての名作が時系列でグループ分けされ、黎明期からの浮世絵の変遷が分かりやすく紹介されていた。寄託当初から保存が重視されていただけあり、公開された作品はまるで、つい先刻刷られたかとみまごう色鮮やかさ。それも現代の印刷物では見かけないような、独特の深みのある赤や青、黄色だ。江戸の人々はこういう色を愛でていたのか、とその鮮やかさは衝撃的ですらあった。
 今回の展示では時代を絞り込み、浮世絵の黄金時代と言われる天明・寛政(17811801)期をピックアップ。このころ活躍した鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽らの作品を紹介している。
 色鮮やかさ、という点からすると、今回は浮世絵の代表的な作家たちによる、公開頻度の多い作品が選ばれているということもあって、色味はやや落ち着いており、前回のような「驚き」は少ない。
だが、今回は題材的に役者絵が多く、少し歌舞伎を見慣れた人なら聞いたことがあるだろう、瀬川菊之丞、中村仲蔵といった伝説の役者たちが、「鏡山」「忠臣蔵七段目」「重の井子別れ」などの人気演目の役に扮した像を、間近に見ることができる。これらの肖像は役者を美化するよりもむしろ、「男」が「女」や「子供」を演じることのグロテスクさを誇張して描写され、写真以上の生々しさを持って見る者に迫ってくる。歌舞伎ファンにとっては、時空を超え、名役者たちの存在をリアルに感じることのできる、貴重な機会だと言えるだろう。
主催者もこの点に着目したらしく、展覧会音声ガイドは歌舞伎役者の市川亀治郎が担当。歌舞伎の固有名詞が多いとあって、読み上げる彼の声も心なしか、楽しそうだ。この音声ガイド、入口で借りた機械を操作し、展示作品を見ながら解説をイヤフォンで聞くというもの。他の観覧者をかき分け、文字の小さな展示作品横の説明プレートを覗き込むストレスから解放される、お勧めアイテムだ。
この日、記者たちにギャラリー内の主だった作品解説を行ったのはボストン美術館浮世絵版画室室長のセーラ・トンプソン。日本語の堪能な、米国屈指の浮世絵研究者だ。こういった「ギャラリートーク」ではアカデミックに「…とされている」「…と言われている」と客観的事実のみが語られるのがふつうだが、セーラは解説の途中に「私が特に好きな作品なんですが」とさしはさんでは嬉しそうに笑う。3年前の来日でインタビューした際、彼女は学生時代、現地の画廊からの依頼で浮世絵の外題を解読するバイトを11ドルで請け負い、これが非常に漢字や固有名詞の勉強になったと話していた。
彼女のような「浮世絵オタク」が代々、いてくれたことで、日本から遠いボストンの地で100年以上の長きにわたり、多くの宝、そして現代では失われてしまった江戸の極彩色が、大切に保存されてきたのだろう、と思う。

2011年2月12日土曜日

Theatre Essay 観劇雑感 「男性サラリーマンにも人気の演劇。」(2010.12.25 ラッパ屋『YMO』)

『YMO やっとモテたオヤジ』左からおかやまはじめ、俵木藤汰、三鴨絵里子 
撮影:木村洋一 写真提供:ラッパ屋
12.25 ラッパ屋「YMO~やっとモテたオヤジ」(紀伊國屋ホール)
 観客の9割が女性という舞台も少なくない中、ラッパ屋は男性サラリーマンのファンも多い、稀有な劇団だ。
 人気の理由は、親しみやすさ。
「いるいる、そういう人」と思えるキャラクターたちが、「あるある、そういうこと」と思える出来事に出くわす。
 …いわば「普通の人々の何気ない日常」がモチーフなのだが、それが作・演出の鈴木聡の手にかかると、いくつもの「まさかの偶然」や「とんでもないハプニング」で楽しく彩られ、観客は笑ったりほろりとしながら、最終的には「愛すべき人たちのそう悪くない人生」を見た、という気分になる。「濃い」キャラクターはいても、嫌悪感を抱かせるような人物は出てこないのも、日頃、人間関係に疲れている身には心地良いし、俳優たちの口跡が良く、台詞が聞き取りやすいのもいい。終演後、自然に「軽く一杯、飲んでいこうか」という流れになりやすい芝居なのだ。
そんなラッパ屋らしさが惜しみなく発揮され、劇団の代表作になるかも?というほど「いい感じ」な作品が、今回の『YMO』。ずばり、サラリーマン社会が舞台だ。
50代バツイチのサラリーマンと、41歳「いまだ」独身の女性派遣社員。ごく普通…というか地味この上ない二人が、同僚や上司、元妻、後輩に昔の恋人など、カラフルな周囲の人々に揉まれながら、ひょんなことから生まれた縁を育ててゆく。本気とも冗談ともつかないやりとりで無難に時を過ごす典型的「サラリーマン会話」や、久しぶりに再会した女性同士が近況を探り合ううち、たった数分で「勝ち組」「負け組」の雰囲気が出来上がってしまう様子など、ちょっとしたディテールに「あるよね、こういうの」とうなずきつつ、観る側はいつしか登場人物たちに「知り合いの○○さん」的親しみを抱き、主人公たちの不器用な恋が形を成してゆく様を、ほのぼのとした気分で眺めることになる。
…が、この芝居は「地味な二人のハッピーな恋物語」には終わらず、終盤、驚くような展開を見せる。(それが場面転換なしに一言の台詞で起こってしまうのが、演劇の面白さだ。)
このどんでん返しは一見、「思いがけない悲劇」なのだが、ある程度人生を生き、いろいろ見聞きしてきた世代なら、悲しいかな、「あるかもねえ、こういうこと」と思えるような出来事でもある。
以降、芝居は感傷を排し、淡々と進行するが、幕切れでは登場人物のほぼ全員が空を見上げ、ある人に思いをはせる。一つの、「ごく普通の人生」が肯定されるこの瞬間、じんわりとした温かさが劇場を包み込む。悲劇を声高に叫ばれたら大方の観客は引いてしまうところだが、この「淡々とした中の、ほのかな温かさ」という加減が、ちょうどいい。単なる情景描写のようでいて、実は芝居のなかほどで登場した言葉に因むヒロインの最後の台詞も、さりげなく、うまい。作者の鈴木聡がコピーライター出身、いわば「普段着の言葉のプロ」ゆえ当然なのかもしれないが、文学的な言葉を連ねた演劇とはまた違った、「職人」技だ。
仕事帰りに肩の力を抜いて劇場を訪れ、いい気分で一日を終えたいとき…。
ふだん、「芝居?俺はちょっと。」などと敬遠している人を劇場に誘いたいとき…。 
思い出したい劇団、である。

2011年2月9日水曜日

Today's Report [Food] アルゼンチンワイン、じわりブームの予感

2011.27 第一回アルゼンチンワインサミット・イン・ジャパン記者会見(アルゼンチン大使館)

 昨年、日本における外国産ワインの総輸入量は前年度を下回ったが、その中でひそかに前年比18.8%の伸びを見せたのがアルゼンチンワイン。シェアこそフランス、イタリア、チリなどにはまだ遠く及ばない8位だが、2002年にはアルゼンチンワインを扱う輸入業者が20社だったのが昨年は60社と飛躍的に増え、業界内でも熱い注目を浴びている。
この動きの立役者であり、18年前の創立から輸出促進活動を積極的に行っているアルゼンチンワイン協会が、今年からさらに日本始めアジアにテコ入れを図るべく、このほど来日して輸入業者向けイベントと記者会見を行った。
会見では、赴任してまだ間もないというラウル・デジャン新アルゼンチン大使の力のこもった挨拶の後、協会幹部3名がこれまでの活動や今後の計画を発表。「まずは、業者、そして報道関係者の啓蒙(アルゼンチンワインの知識を広めること)が重要」としつつ、ファッションや食の国際展示会でブースを持つなど、様々な場で一般の層にアピールする予定であることを語った。
アルゼンチンワインの第一の特色は「多様性」。南北3500キロに及ぶ長大な国土を持つこの国では多種多様なワインが生まれ、様々なニーズに応えることができる。これまで各国での促進活動の経験では、そこそこお金のある若い層から人気に火がつくことが多かった。たとえばアメリカでは、15人の人気ブロガーに同時にアルゼンチンワインをテイスティングしてもらうブログイベントを行ったところ、15000件のリツイートがあり、話題を集めたという。日本でも若い人々にアピールし、徐々にアルゼンチンワインを広めていきたいのだそうだ。
個人的には、数年前のアルゼンチン取材で北部サルタの名門ワイナリー、ミシェル・トリノを訪れ、深みがありながらもからりと後味のよいワインの数々にすっかり魅了され、都内のワイン店で見かけることが少ないのを残念に思っていたので、この動きは大歓迎だ。ある輸入業者の話では、同じ南米ということでアルゼンチンワインはチリワインと比べられがちで、そうなるとどうしてもチリの安さに負けてしまうということだったが、アルゼンチンには日本のワイン好きがファンになりそうな銘柄も豊富なので、まずはそこからじわじわと顧客を増やしていけるのではないかと思う。
人が意欲や夢に満ち溢れ、物事をスタートする瞬間は美しい。今回も、大使館という場でいささか緊張をはらみながらも、力強く今後のビジョンを語った協会の3人の姿には、ぜひ応援したいと思わせるものがあった。